夢の共演
≪6≫
◎日本時間での4月20日 通常国会期間中の本日は、衆参両院の本会議は無いものの、新法案を提出する為の閣議や委員会などが、館内数ヶ所の会議室で行なわれている。 その為、内藤を交えた班長会議が終わると、直ちに各班長達は持ち場に帰っていった。 石川は、中央管理室の指揮を篠井と三舟にまかせ、岩瀬と供に館内をくまなく巡回して行く。 その頃、西脇は『休憩』と称して医務室のDrの元を訪れていた。 「はい、どうぞ…」 香り立つカップをしなやかな白い手から受け取った西脇は、窓の外に流していた目をやわらかに細め、その手の主に視線を移した。 「ありがとう紫乃。 う〜ん… 今日のは何?」 「青山にある『香蔵屋』のオリジナルブレンドです。先日、紫茉と出かけた時、たまたまその茶店に入ったら、とても美味しかったので、豆を買ってきていたんです」 丸椅子に座る西脇を見下ろしながら、橋爪はおだやかな微笑をふりそそいで答えた。 しばらく二人は静かにコーヒーを味わっていたが、ふと西脇が苦笑する。 「どうしたんですか?」 小首をかしげて橋爪が問う。 「ん〜 犬がな…」 何かを思い描くように尚も苦笑を浮かべる西脇に、ますます橋爪の顔に“?”が浮かんでくる。 「犬って・・・ダグのことですか?」 「いや『番犬』」 話題の対象がやっとわかった橋爪は、また何か“あの二人”にあったのかな…と思いながら、西脇の次の言葉を待った。 「紫乃は明々後日の事はもう聞いてる?」 「えっ、23日ですか? いえ…まだですが。」 「寮に帰ったら詳しく教えてあげるけど… その日、テロ騒ぎが起こりそうでね。何もなけりゃぁいいが、騒ぎが長引けば翌日まで影響しかねないからな。そうなったら犬がすねる(ーー;)」 「・・・そうですね。」 24日に一日中忙殺されてご機嫌斜めになった“番犬”を思い浮かべてしまった橋爪も、少し気の毒そうに優美な眉をしならせた。 「…紫乃、“何”か感じる?」 先程とはちがい真剣な視線で見つめてくる西脇に、橋爪は一瞬ドキリとしてしまう。が、次の瞬間には彼も真剣になり、ゆっくりと瞳を閉じた。 そうして再び瞼を上げると、ふわりと微笑みを浮かべた。 「いいえ。何も! 大丈夫です、きっと。」 橋爪はこれまでに何度か、西脇や隊に酷い災いが襲う前には、それの“前兆”のような悪寒を感じる事があった。その事を西脇にもうちあけていたのだった。 その微笑みを見つめながら、西脇はコーヒーを飲み干したカップを橋爪の手に返し、ふいに、すくっと椅子から立ち上がりるなり、掠めるように橋爪の唇を盗んでいった。 「ごちそうさま」 そんな一言と爽やかな笑顔を残してドアの向こうに西脇が消え去っても、暫しの間、橋爪は空のカップを握ったまま、真っ赤になって固まってしまっていた。 その夜のJDG隊員寮【隊長&補佐官室】 二人とも風呂を済ませ、今はほっこりとつかの間のおだやかな時間を過ごしている。 キングサイズ・ベッドの真ん中に、長い足を広げてのばして座る岩瀬。その前に、逞しい胸にもたれかけるように背中を預けて石川が座っている。 岩瀬は後ろから包み込むように両腕を廻し、自分の大きな左手で石川の左手を大事そうに優しく握りこみ、右手に持ったヤスリでそのしなやかな指先の爪を綺麗に削って整えていく。 「…… 無憂団か …」 ぼそりと石川がつぶやいた。 「悠さん? 不安なのですか?」 ヤスリを持つ手を止めた岩瀬が石川の顔を覗き込む。 「…ん… あ、いや… ちょっと昔の事を思い出して、な…」 肩越しに顔を捻って見上げた石川がそう告げると、岩瀬の腕に抱きしめられた。 「お前と出会うずっと以前の事なんだ。 2〜3度、無憂団のテロリストに議事堂が襲撃されたんだ。 …まだ、今の様に隊がまとまっていない時だった… 隊員が二人犠牲になった… そのうちの一人は…当時、寮で俺と同室の後輩だったんだ…」 どこか儚く寂しそうにぽつりぽつりとつぶやくように告げる。 「大丈夫です!」 石川の耳元で、岩瀬は優しく囁いた。ギュと抱きしめる腕の力も強くする。 「あなたが率いる今のJDGは無憂団ごときに負けませんよ!! オレが保証しますっ!!」 大真面目な顔でそう宣言する岩瀬に驚き、石川はその鳶色の瞳をいっぱいにひらいてみつめてしまう。 瞬後、ぱっと雲間から覗いた太陽のような笑顔を浮かべた。 「そうだな! 俺達は負けたりしない!! …ありがとう、基寿」 右手を岩瀬の頭に廻して顔を上げると、引き寄せられた岩瀬の唇が、石川のそれに重ねられた。 チュと小さく音をたてて離れた互いの唇に優しい笑みが浮かんでいる。 「さぁて悠さん、左指は終わりましたよ。 次は右手を貸して下さいねv」 「うん」 抱きしめていた腕をほどいた岩瀬は、今度は石川の右手をとって、またヤスリで桜色の艶やかなその爪を丹念に整えはじめた。 石川は安心しきったように岩瀬に包まれながら、そんな自分達の手元を見つめ続けた。 ◎4月21日 国会警備隊の朝は通常、朝礼から始まる。 東西南北各門衛担当の数人の外警班と監視カメラをモニタリングしている者以外は、前日よりの夜勤者と本日の日勤者がJDG本部内大ホールに集合している。 正面の壇上に並ぶ班長達の中央で、補佐官の岩瀬を背後に控えた隊長の石川が一同を見渡した。 「みんな、おはよう!」 「(全員)おはようございまぁっすっ!」 元気に返って来る隊員達の声に、石川の顔から自然と微笑みがこぼれる。 そんな隊長の爽やかな笑顔は、夜勤明けの者の疲れを癒し、これから勤務につく者には1日の活力を与える。 隊員達にとっては至福の一瞬なのだ。 やわらかに細めた眼差しをきりりと石川が引き締めれば、瞬時にして隊員達も皆、顔付きが変った。 「すでに噂が流れて知っている者も居ると思うが、昨日の外務省からの通達を正式発表する! 明後日、岸外相と藤倉官房長官の案内で、ドイツのエンツェンスベルガー公爵が議事堂に視察に来られる事になった!」 前列に整列した者から順送りに、当日のタイムテーブルが各自に配布される。 「予定表を見ればわかるように、館内視察だけではなく、中庭での歓迎記念式典も行なわれる!」 −おおおv−−やったぁ〜vv−などと、隊員達の間に少々華やいだ囁きがひろがる。特に外警班達が喜んでいるようだ。 (中には、当日が非番に当たって悔しがっている者がいる) 「“晴れの舞台”だからと思って浮かれるなっ!」 すかさず外警班長の西脇の声が壇上から響いた! その一喝で隊員達が静まると、再び石川は話を続けた。 「西脇の言葉通りだ。危機管理局の内藤部長の情報によれば、公爵を狙ったテロ襲撃の可能性がある! 相手はあの“無憂団”だ!」 中堅クラス以上の隊員達から、うめきのような低いどよめきがおこった。彼等は皆、かつて無憂団と戦った者達なのだ。 「その為、今日と明日は警備体制をレベル2に、また23日当日はレベル4に上げる!したがって当日は非番シフトの者も、外出を控え寮で待機しておいてほしい!」 緊張の面持ちの隊員達から「はいっ!」と返事が返って来る。 「デートの約束のあるヤツは今のうちにキャンセルして、彼女に謝っておけよぉ〜」 若い隊員達をからかうように、室管理班長の三舟がそう声をかけると、皆に笑いが広がった。 緊張がほぐれたところで、さらに石川が笑顔で続ける。 「公爵訪日を密着取材する為に、もれなくTVカメラがくっついて来るからな! へまをやらかせば、お前達のその姿が世界中に報道されるぞぉ〜(笑)」 −ひえぇ〜−などと悲鳴ともとれる歓声があがり、ホール中が笑いに沸きあがった。 その後は、通常の伝達事項などが続けられた。 「――以上! 後は各班長の指示に従ってくれ! 解散っ!!」
午前中は何事もなく平和に過ぎていった。 JDG専用食堂。 そこは隊員達の笑顔が一番見られる場所。 ちょうどお昼時の今は、交代で昼食を摂る為に次々と入れ替わり立ち代り隊員達がやって来ている。 そんな中、幾つもあるテーブルの一つに、本年度の新入隊員が6人ほど集っている。 「明後日かぁ〜…な、なんか緊張するよなぁ〜」 「だよなっ! まだオレ達、入隊して一月もたってないんだぜぇっ!それでいきなり外国要人を迎えての式典があるだなんてなっ(^^;)」 話題はどうやら、23日の事のようだ。 「おまけにレベル4だと!」 「当日、俺は日勤なんだぜぇっっ」 「俺も、俺もっ!」 「なんにも事件が起こりませんようにっっ(×.×)」 パンパンと拍手を打って祈り出す者まででてくるしまつ(^^;) 入隊以来、小さな騒動はあったが比較的平和な日々が続いていた為、いまだに本格的なテロ攻撃による実戦経験のない彼等なのだから、多少の不安を覚えてもしかたがないというものだろう。 だが、動揺している同期連中の中にあって、新入隊員とは思えないほど冷静な者が二人いる。 一人は眼鏡の奥の瞳を細めて穏やかに微笑みながら皆の話しを聞いている。その彼の隣で、もう一人はもくもくと目の前の食事をたいらげている。 「三井サンと木暮さんは落ち着いてるんっすねぇ〜」 向側に座っている者が感心したように二人に声をかける。 最近の隊員の殆どは高卒で訓練校に入ってくるが、この三井寿と木暮公延は大学をきっちり卒業してから訓練校入りした為、同期の間では最年長なのだ、そのせいか同期生の間でも呼び捨てにされず“さん”付けで呼ばれ何かと頼られている。 「ん、そうでもないよ。俺も緊張してるよ。あっ、でも俺…その日は夜勤明けかぁ〜…式典に参加できなくてちょっと残念だなぁ〜」 と、とうてい緊張しているようには思えないのんびり口調でメガネの彼―木暮が答えた。 その時突然、今まで黙っていた三井が空の食器の乗ったトレーを片手に立ちあがった。 「なぁにビビってやがんだ(ーー;) んなもんにウロタエてねぇで、お前等もさっさと喰わねぇと休憩時間が終わっちまうぞ」 そう言いながら、あいた方の手で木暮の頭を―くしゃり―と、ひと撫でして三井は去って行ってしまった。 「さーすが三井サン、肝がすわってるなぁ〜…」 年下の同僚達はしきりに感心しているが、三井とは高校・大学・訓練校と、付合いの長い木暮は別の感慨を持って彼の行動を読んでいた。 三井はけっして落ち着いてなどいない、むしろ同僚の誰よりも興奮している。 むろん“不安”で“動揺”しているわけではない。大舞台を前に、武者震いにも似た猛る己をその身の内に静に収めているのだ。 あたかも狩を前にした狼のように… 『確かあいつ、明後日は日勤だったはず… 無茶してケガなんかするなよ…』 そんなふうに、三井の事を心配している木暮こそ、一番悠然と構えているのだった。 三井を見送っている彼等の斜め後ろのテーブルの廻りがえらく賑わっていた。 どうやら発端は、ある隊員が明後日が非番シフトにあたっている事を嘆いた事から騒ぎが始まったようだ… 「日勤と替わってくれぇっっっ!!!」 と、同じ班の同僚を捕まえて懇願してみるが… 「やなこった! 誰ぁ〜れがこんなラッキーなんぞ、替わってやるかいっ!!」 と、つれなく断られている。 新入隊員達が驚いて注目してみると、同じような遣り取りが廻りのテーブルでも繰り広げられヤンヤの騒ぎになっているのだ。 そんな様子を新入隊員達は唖然とながめてしまった。 「ど…どうなってんすかぁ〜?!」 「『非番を替わってくれ』って、皆さん、なんでそんなに仕事熱心なんすかねぇ〜…?」 そんなふうに、ぼそぼそと会話していると… 「それはね、み〜んな隊長の正装姿を見たいからだよん♪ 」 食器の乗ったトレイを下げるために、ちょうど彼等の横を通りかかったアレクがウインク付きで説明してくれた。 「“隊長の正装姿”って、なんですか?」 「ん。 君等はまだ入隊1ヶ月ほどだから見た事ないんだよね?」 「は、はい…」 「国会開会式や式典の時にだけ着用する、隊長専用のフォーマル・ユニフォームのこと! 目の保養だよぉ〜♪」 「そ…それだけの為に?」 「『それだけ』ったぁなんだっ!それだけたぁっ!! それでもオマエはJDG隊員かぁっっっ!!」 二つ向こうのテーブルで食後のコーヒーをすすっていた外警の本木が、急に立ち上がり会話に割り込んできて喚きたてた(ーー;) アレクは「また、はじまった…」とあきれている。 本木の大声に、他の隊員もワラワラと集まってきた。 「だぜっ! お前等、すげー果報者なんだぜっ! 入隊間もないのに“あの”お姿拝めるなんざぁっっ!!」 「おまけに、それがめったにない“春バージョン”なんだぜぇっっ!!! これを見逃してどうするよぉぉぉぉぉ!!!」 ―そうだぁっ!!―などと廻りじゅうから声がかかる。で、また「替わってくれぇっっっっ(T_T)」とシフト交代の泣き落とし作戦が再会された。 ますます唖然としてしまった新入隊員達に、トレイを返し終わったアレクが、再び詳しく説明をしてやった。 「1月の通常国会と秋の臨時国会の開会式には必ず着てるのね。だから“秋・冬”バージョンは毎年拝めるわけ。だけど“春・夏”バージョンに関しては、調度その時季に何か式典でもない限り着ないから“幻のお姿”なワケ♪」 「そ、そうなんですか…」 「そ♪ ま、実際その目で隊長のあのお姿を見れば、皆の騒ぎようがわかるよv」 ―あぁ〜楽しみ〜(*^0^*)―と、夢見る乙女の表情でアレクは去って行ってしまった。 つづく |
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