夢の共演

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       ◎ドイツ時間での4月19日    緑色…ドイツ語



「ほら、起きろデートリヒ」

 クラウスは、気持ちよさそうに眠るデートリヒの肩を軽く揺さぶって声をかけてみるのだが「… ん〜…」と、寝返りをうつだけで当人は一向に目覚めようとはしない。

「さっさと起きんかっ!Dぇっっ!!」

 昨夜に引き続き、今朝もエーベルバッハ家の館中に当主の怒鳴り声が響き渡った。

 世界広しと云えど、エンツェンスベルガー公爵を、愛称で呼び捨てにして、あまつさえ怒鳴り上げることができるのは、このクラウスの他に唯の一人もいやしない!
 幼い頃
(クラウス6歳,デートリヒ4歳)から、まるで兄弟のようにつるみ、その命さえ預けるほどの“絆”がある二人ならではのこの光景なのだ。


「まだ6時前じゃないか… どうしてこんなに早起きさせられるんだぁ〜」
 もう変装などする必要はない今日は、素顔のままに身だしなみを整えながらデートリヒは、早朝から起こされたことの文句をクラウス相手にぶちぶちと垂れている。
「夕べ、俺に『明日は送ってくれ』と言ったのはおまえだろうが(ーー;) 俺は今日も仕事があるんだからな、お前の寝坊になぞ付き合っとられん!!」

 クラウスに急かされ、二人揃って1階のダイニングに下りて行くと、ちょうど朝食をセッティングしている最中だった。
 厨房から出て来たすだれ頭の執事は、部屋に入ってきたデートリヒを見て驚き、あやうくトレーに乗った食器を落しそうになった。
「こ、公爵様! いつ、おいでになられたのですか?」
 執事の反応に、デートリはにっこりと微笑み返し、クラウスは呆れ顔になる。
「なにをトボケタことを言っているんだ。昨夜から来ているじゃないか」
「えっ? え、えっっっっっ!!! で、では、昨夜のお髭の紳士がデートリヒ様でいらっしゃったのですかっ?!!」
「なんだ…お前はこいつのフザケタ変装に全然気付いてなかったのか…(ーー;)」

 執事のマヌケさに呆れ果てる主の横で、デートリヒはますますご機嫌をよろしくしていった。





 ボン郊外のエーベルバッハ家からケルン南郊外のE公爵家への通い慣れた道を、クラウスは至極安全運転に車を走らせている。
 ハンドルを握りながらチラリと右横に目をやれば、ナビ・シートの背凭れをいっぱに倒し窓からそそぐ春の朝のおだやかな陽光を浴びたデートリヒが、すやすやと眠っている。
 その姿勢の為、対向車などからは運転者の姿しか見えず同乗者の気配さえ感じられない。

 あの後、朝食を終えた二人はクラウスの車に乗り込み出発したのだった。
 昨日デートリヒが乗って来たレンタカーは、クラウスがすでに自分の部下に対して昼頃取に来てレンタル店に返却するように…と、指示を済ませてある。

 幹線道路から脇道の私道に入りしばらく行くと、芽吹いたばかりの樹木の森を囲む鉄柵が連なりはじめ、その先に公爵領の正門が見えてきた。優美にして堅牢な鉄柵門を支えている両門柱の前には、制服に身を包んだ衛兵が2人づつの計4人門番として立っている。
 クラウスが減速しながら車を近付けると、車種とナンバー・プレートそしてなによりドライバーの顔を瞬時に見留め確認した門衛達はスッと行動に移った。
 銀色に輝く鷲の紋章を頭上にいただく正門が二人の門衛によって両扉とも大きく引き開けられたのだ。
 クラウスの車は静止させられることもなく、整列する門衛達に敬礼とともに領内へと迎え入れられた。

 そのまま道成りに数十分走らせて行けば本宮殿へと辿りつくのだが、なぜかクラウスはほんの十数mほど先の脇に建つ古い館の前で停止してしまった。

「おい、Dぇ! 着いたぞ!」

 エンジンをアイドリングさせたまま、クラウスは眠っていたデートリヒに声をかけた後、身体を捻りリアシートに置いてあったボストンバッグを取出し、容赦無くデートリヒの膝の上にボスンと抱えさせた。

「ん〜…もう着いたのか〜」

 心地よいまどろみから目覚めたデートリヒは、リクライニングを起して車窓から外の景色をうかがった。

「ん? ここは南の館(門番の家)じゃぁないか…」
「それがどうした。 さっさと降りろ!」
「なんだ… 本宮まで送ってくれるんじゃぁなかったのかぁ〜」
「ここだって“おまえんち”には違いないだろうが! 俺は忙しいんだと言っただろう、本宮まで付合ってやっていたら遅刻しちまうんだ!」


 二人で掛け合い漫才を繰り広げている間に、館から数人の男達が出て来て車の横に整列し、その内の一人が助手席側のドアを両手で丁寧に開けた。
「デートリヒ様、お迎えに上がりました」
 そう声をかけながら、デートリの膝からバッグを受け取ったのはデートリヒ付きの近衛官ブルンネル中尉だった。
「あ、ああ…ありがとう」
 バッグを渡し身軽になったデートリヒがやっと車から降り立てば、脇に控えていた館の執事が、ご苦労様ですとクラウスを労いながら車のドアを締めた。すると、少し開けた窓越しに、中尉、後はまかせたぞ!と言い残し、クラウスは車をUターンさせて返って行ってしまった。

「 ……  ところでカール、どうしてお前がこんなところに居るんだ?」
 さっさと行ってしまった車を呆然と見送ったデートリヒが、ふと我に返りブルンネル中尉に問い掛けた。
「はい。ガールミッシュ大尉の指示で、デートリヒさまのお迎えにあがるべく昨夜からこちらで待機しておりました」
「ん?どういう事だ? コンラートには『19日の昼過ぎに帰宅する』と連絡しておいたはずだが…」
「大尉は『おそらく18日のうちに帰国なさり、クラウスさまの処にお寄りになるはずだから念の為、19日は早朝から南の館でお待ちするように』と、私に指示をされました」
「コンラ〜ト〜…(ーー;)」

 K&D二人の性格と行動をみこしたコンラートの采配に、苦笑をしてしまうデートリヒだった。



 その後、南の館で休息することなく直ちにデートリヒはブルンネル中尉の運転する車で本宮に帰り着いた。
 早朝にもかかわらずホールには執事長のビュルガーを筆頭に大勢の使用人がズラリと整列し、久々のご当主様のご帰還を出迎えていた。もちろんその中には、笑顔のガールミッシュ大尉の姿もあった。 

 彼等に向かって早朝からの出迎えのねぎらいの言葉をかけた後、執事のビュルガーとシュミット、近衛官のコンラートとカールの4人を従えてデートリヒは自室に入った。

「あらためて…お帰りなさいませ」
「急な上に、たった3日だがな…(^^;) 慌しくてすまない」
「たとえ1時間ほどのご帰宅でも、我々には嬉しゅうございます」

 心優しき主の気持ちに応えた、ビュルガーの言葉は、この家で働く者の全員の気持ちを代弁していた。
「ありがとう」
 誇らしげな様子の4人を見渡したデートリヒの面に春のそよ風のような微笑が浮かんだ。
「では、私はこれで失礼致します」
「うむ、ご苦労だったなカール!」

 ソファにデートリヒが落ち着くと、ブルンネル中尉が敬礼とともに退室していった。 
「ご朝食はどうなされますか?」
「クラウスのところで済ませて来たからもういいぞ」
「では、お飲み物のご用意でもいたしましょう」

 ビュルガーが準備の為に退出し、シュミットはデートリヒのボストンバッグを片付ける為に奥の寝室へと入って行った。

「こちらは昨夜、日本から届きましたご滞在中のスケジュール表でございます」
 ひとり残ったコンラートが、デートリヒにファイリングされた書類を差出した。
「ほぼ、市長閣下のご名代としてのものですが、若干“公爵さま”独自の行事が組まれているようです」
「けっこうハードだな…」

 さらりと目を通したデートリヒは苦笑まじりに愚痴ってみる。

 そこへ、奥の部屋からシュミットがなにやら手に持って出て来た。
「デートリヒ様、これは何でございますか?」
 それは、爽やかな淡い緑色の地に花弁が散った縮緬の、袱紗に包まれた10cm角ほどの大きさの物体である。
「ん? おっ、忘れていた。これは、お婆様へのおみやげなんだ。『すぐお渡し下さい』と日本の執事に言われていたんだった(ーー;) もう少しであやうく堂本にしかられてしまうところだったな(^^;)」
 袱紗包みを受け取りながら、デートリヒは頭をかいてしまう。
「シュミット…もう、お婆様は起きてらっしゃるのか? おかげんが良ければ今からでもお部屋に行きたいのだが…」
「わかりました。伺ってまいります」
「では、訪日の件は午後から改めて打ち合せにまいります」

 シュミットについでコンラートも事情を察し、部屋を辞していった。




 その後、ビュルガーの用意したお茶を楽しむ間も無く、シュミットからの報告で、デートリヒは日本からのお土産を手にサキの部屋へと訪ねて行くことにした。

 そこでは、愛孫の帰宅を知らされたサキが、早朝にもかかわらず心華やいだ様子で侍女達と共に待っていた。

「おばあさま、ただいま帰りました」
「おかえりなさい。元気にしてましたか」

 それはそれは嬉しそうなサキからの、抱擁と頬へのキスで迎えられた。
「はい。おばあさまもお元気そうでなによりです」
 にっこりと笑顔で返したデートリヒは、持参した袱紗包みを手渡した。
「まあ綺麗!これは…?」
「はい。堂本からおばあさまへの贈り物です。私も中身は何か知らないのです(^^;)」
「堂本から…何かしら、楽しみだわぁ〜o(*^^*)o」


 少女のようにはしゃぎながらサキが袱紗を開くと、有田磁器でできたジャム・ポットのような密封容器が包まれていた。
「あら、手作りジャムかしら…」

 さらに容器の蓋を開けると、中には何やら淡いピンク色をした“塩漬け”が入っていた。

「まあ〜♪ 嬉しいわぁ〜(*^-^*)」

「ん??? 何んですかこれは?」


 いっしょに中を覗き込んでいたデートリヒには“塩漬け”その物を見ても、それが“何”なのか解らないようだ(^^;)
「ほほほ 解らないのかしら? あなたも日本では召し上がった事があるはずですよ(^^)」
「?????」

 自分も食べた事があると言われて、ますます首を傾げてしまうデートリヒを楽しそうにからかいながら、サキは若い侍女にお湯とティーカップのセットを用意させた。
 サキは塩漬けされた“それ”を容器から一つまみ取り出し、カップの底に置くとポットの熱いお湯をその上にそそぎ入れた。
 すると、カップの中にぱ〜っと、1輪の淡いピンクの桜が花開き、あたりにかぐわしい花の薫りがひろがった!

「まあっっステキぃぃ(*^▽^*)」
 はじめて見る光景に、侍女達から控えめながらも拍手と歓声があがった。

「ああ… これは、母上の…」

 デートリヒもこの状態になってやっと解ったようだ。

「ええ。 レオノーラの枝垂桜ですよ」

 サキはカップを手に、何かを思い出すようにしっとりと微笑みながら、デートリヒと共に桜茶を味わった。

 東京の南苑屋敷の東庭には、サキの娘レオノーラの記念樹がある。その昔、サキの両親が孫娘の誕生を記念して植えた枝垂桜なのだ。今では樹齢50年ほどの大樹となり、毎年それはそれはみごとなまでに、満開の花々が枝垂れた枝を薄紅に覆い尽くしている。

(毎年4月の初めに南苑家の執事・堂本が、その桜の咲きかけた蕾を摘み取り“塩漬け” にして、こうして桜茶として楽しんでいる。)

 4月中旬ではまだ桜の季節には少し間があるこのドイツ・ケルンの宮殿に、一足早く東京からサキにとって大切な想いでの桜の便りが、デートリヒの手によって届けられたのだった。




                      





                               つづく
 




次回はやっとJDGがメインです(*^^*)



どうか見捨てないでくださいませぇ〜;;














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