新時代到来

<6>

 2020年 元旦。

 昨日の雪は夜中のうちにどうにか降り止んだようで、新年の幕開けは冴え冴えとした青空で迎えることができた。

 通常より遅めの10時ごろ、尾上等3人の女性と、アッシー君の国見が出勤してみると、事務所の一角にある商談ブースは惨憺たるありさまになっていた。
 テーブルの上には食べ残しの食品や空の器が広がり、その廻りには何種類もの酒の空缶や空瓶がころがっている。そして、向かい合わせのソファーの上には景山と安中が、床のラグの上には橋本が、それぞれ毛布をかぶり、みごとにマグロとなりはてていた。
 昨夜、無事に帰還した橋本と、ずっとその帰りを待っていた安中と景山が、そのまま帰宅することなく、ここで"年越し宴会"を繰り広げたのだった。

「ゲゲゲ…」
「まっっったく… 男どもときたら(ーー;)」
 あきれながらも、橋本の無事な姿を見て、安堵の微笑みをかわす彼女達だった。

 そこへ、また二人の人物がやって来た。
「皆さん、ご苦労様」
 尾上達が入り口の方を振り返ると、羽織着姿の宮坂社長とスーツをビシリときめた武田本部長が立っていた。
「あけましておめでとうございます」
 4人はあわてて姿勢を正し、新年の挨拶をおくった。
「おめでとう」と、彼らの挨拶をにっこり笑顔で受け返した宮坂が、すぐに後ろに控える武田に視線を移した。促された武田は、綺麗な縮緬の大きな包みを差し出した。
「社長からの差し入れだ」
 尾上が受け取り、デスクの上で風呂敷を解いてみると、それは塗りもみごとな3段重のおせち料理だった。
「きゃぁっっ スゴイっっ♪♪」
 4人はおもわず子供のように歓声をあげてしまった。
 この豪華さから察するに、どこぞのデパートか料亭の特注品に違いない。一人暮らしの面々にはまったく手も届かぬ縁のない代物だった。
「"おふくろの味"とはいきませんが、少しだけでもお正月気分を味わってもらおうと思いましてね…」
「ありがとうございますっっ!!!」
 4人はあらためて宮坂に最敬礼をおくった。
「おい、コイツ等には喰わさんでいいぞ」
 商談ブースの有様を覗き見ていた武田の重低音の一言に、どっとみんなの笑いがおきた。
「ははははは。 …では皆さん、大変でしょうが頑張って下さい」
 そう言って激励してくれる社長のおだやかな笑顔に「もう…お帰りですか?」と、国見が問い掛けた。
「残念ですがこれで失礼させてもらうよ」
「これから初詣に行ってくるんだ。お前等の事もかわりに拝んどいてやるからな」
 まだ名残惜しそうな顔の国見に、武田が茶化すように説明してやった。
 そうして、尾上は地下駐車場まで上司二人を見送っていった。


 再び尾上が事務所に帰ってきてみると、やっと橋本達が目を覚ましたところだった。まだ覚醒しきっていない三人は、三島と本河の二人にいいようにあしらわれ、宴会の後始末をさせられた。

 その後、なんとかマトモにもどった商談ブースで、改めて一同は新年の挨拶を交し合った。
「さて、橋本さん。【もえぎ】での成果をご披露していただきましょうか?!」
「おうっ! 見てくれぃっっ!!」
 わざと慇懃に迫る尾上の不気味な迫力にも負けず、自慢気にはしゃぎながらも、橋本は大事そうにシーツに包んだソレをテーブルの上に広げてみせた。
「わあぁぁ、綺麗〜」
「ステキな色ぉ〜」
「橋本っちゃん、コレ…予定の色とは違わないか?」
 三島と本河がうっとりと見惚れているかたわらで、安中が目聡く指摘する。
「ああ、変えた。メーカーの限られたカラーの中からだったら、あの見本の色がベストだったんだけどな、実際自分達で染めてる内にだんだんイメージが広がってったんだ!石川さんの笑顔を思い描いたら、コレになった♪」

 その言葉の通り、染め上がった生地は、冬の寒さの中にそこだけ暖かな陽だまりが差したような、穏やかな輝きに満ちて存在していた。
「ホントそうねぇ〜。石川さんの…あの包み込まれるような感じね♪」
 尾上も手の甲で優しく布地を撫でながら、思い出すように目を細めた。
 見本の色はライト・パープルの単色だったが、できあがったそれはライト・パープルを基調に淡くランダムなグラデーションが施されていた。
「こんなにイメージ以上の染めができるとわかっていたら、始めっから4シーズン全部染めでやりたかったぜ!」
「やめてよねっ! そういう事は時間と予算が、たっぷりある時だけにしてほしいわっ(〜〜;)」
「んなこたァわかってらいっ!」

 それでもまだ未練がましそうな顔の橋本をほっておいて、尾上達女性3人はさっそく作業にとりかかるために縫製室へと向かった。
 これで全ての資材が揃った。後はひたすら三島達お針子が、一針一針真心を込めて縫い上げていくだけだ。



 翌2日からは山口も出社して、お針子三人がフル作業にもどった。その上、当初の宣言通り、橋本も彼女等をサポートする為に、ミシンを踏んでいた。
 3日には山口が手掛けていた夏服のジャケットが"型"になってきたので"仮縫い"をさせてもらう事にした。

 尾上がアポを取ると、その日はちょうど石川のシフトが夜勤だったので、夕方からの勤務に入る直前に時間をさいてもらう事ができた。1年365日24時間体制で国会議事堂を護る彼等には文字通り"盆も正月も"ありはしないのだが、議員や職員の出入のないこの時季は、比較的余裕がみられるようだ。
 だがさすがに多人数で押掛ける訳にはいかず、尾上・橋本・山口の三人だけが年始の挨拶を兼ねてJDG本部に赴いた。(三島や本河も行きたがったが、涙をのんで諦めてもらった)
 ちなみに…"仮縫い"とはいえ、実際に着用した石川を前にした尾上達三人が、見惚れてしまったのは云うまでもないことである。(石川の足の怪我も完治しているようで、皆はほっと安心した。)

 そうして、仮縫いを終え縫製室に帰りついた山口は、もう夕方だというのにすぐには帰宅せず、ジャケットをマネキンに着せ掛け、何か思案しているようだった。



 4日はMPカンパニーの"仕事始め"の日だった。
 とはいえ、今日はホールでの社長の年頭の挨拶がすめば、後は各部署でのそれぞれの顔見せ程度で、実質的な稼働は明日からなのだ。その為、ほとんどの社員は午前中で帰宅していた。なかには仲間内の新年会に繰り出す者もいた。

 だが、プロジェクト・メンバーの面々はやはり居残って作業を続けていた。
 昨日、何か思案していた山口が、後輩二人と橋本を縫製室に呼び集めた。
「どうしたんですかぁ?」
「ん〜… ちょっと相談…っていうか提案があるんだけど…」
「何っすかぁ〜?」
 問い掛けられた山口は、仕上がり間近の夏用ジャケットを着せ掛けたマネキンの前に立ち説明をはじめた。
「あのね…"身頃"のこのあたりに何か"柄"があったらどうかなって思ったの。昨日、仮縫いに行ってみて石川さんを実際にこの目で見ちゃったらさ、イメージが膨らんじゃったのよ♪ 橋本っちゃんのデザイン壊すようで悪いんだけど…どう思う?」
「そう・・・っすねぇ〜…」
 そう聞かれた橋本は、先日染め上げたシェラヴィを、もう一体のマネキンに巻きつけて見た。そうして腕組みしながら2体を眺めながらしばらく考えていたかと思えば、急にポンと閃いたのかイキイキとした表情になった。
「ソレ、いただきだね♪!! 左肩から裾のこのあたりにかけて、小花を流れるように散らすのって、どう?♪」
「きゃぁ〜ステキぃ〜♪」
 三島と本河が拍手して喜んだ。
「ちょっと派手になりすぎない?」
「う〜ん。でも、ドレープ・ストールでほとんど隠れるから大丈夫でしょう」
「そうよね」
「んじゃ、いいかなvv 春はやっぱ桜色だな♪ 夏はベースが白だから…え〜と…銀なんてどお? 秋はベースが紅葉色だから黄色がいいな♪ で、冬はコーラル・ピンクってとこかな♪」 
橋本はあっと云う間にイメージがかたまったようだ。
「あっ…でも、また手間がかかっちまうな〜(^^;)」
 橋本が恐縮したように頭をかきかきつぶやいた。
「言い出しっぺは私ですから、なんとかしますよ」
 山口が請け負うと、後輩二人も負けずに手を上げた。
「そんなァ、気にしないでくださいよ!私達もはりきっちゃいますよ♪」
「そうですよ! 刺繍なら得意です! 腕の見せ所って、頑張っちゃうぅ〜♪」
 納期が迫っているというのに"職人魂"いっぱいの皆は、手間のかかる作業をぜんぜん厭うこともせず、むしろ楽しんでいるようだ。
 この場に尾上がいたら『やめてぇっっ!!!』と、怒鳴られていることだろう(^^;)



 その後は順調に作業が続いていった。
 連日のように山口達お針子三人と橋本は残業をしていた。
 10日すぎあたりからは外注に出していた小物類が徐々に届けられはじめた。
 靴は、夏用と普通の2足分。帽子も同じく2着分。白い手袋は予備も含めて3組分用意された。

 さらに14日には、外注品最後の"肩章"ができ上がってきた。
 普通の布や皮革製のものならば自社で製作するのだが、今回のソレは"鳥の羽根"を使用した特殊な物だったので、専門家に依頼していたのだった。
 肩章は脱着式になっており、それを4シーズンすべてで使い廻しするようになってはいるが、破損した時の予備の為に2組用意された。

 そうして・・・

 納品期限が2日後に迫った1月17日夜、冬用ローブ・ジャケットに咲いた小花刺繍の最後の一針を縫い納めた山口が−ほう…−と大きく息を吐いた。
「できた…」
 それは、すべての衣装が仕上った瞬間だった。
「やったァっっっ!!!」
 ほんの数分前にそれぞれ作業を終えていた三島と本河の二人が、飛び跳ねるように近寄って来た。
 すぐ横で見守っていた橋本が無言で右手を差出すと、次々と三人の手が重ねられた。そして万感の思いの笑顔と共に、その手を力強く握り合った。






                             つづく











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