新時代到来

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 27日の午前中の内に、橋本は里矢を伴い、彼女の友人の佐々木久美子がやっている手染め工房【もえぎ】に来ていた。

 その工房は、廻りを深い森に囲まれ近くには清水の湧く泉もある、自然豊な富士の裾野にあった。
「この色なんだけど…出ますか?」
 橋本はデザイン原画とK紡績のカラー・サンプルリスト表を見せて説明した。
「このサンプルとまったく同色とまではムリですけれど、なんとか近付けてみます!」
「お願いします」
「はい!"石川さんへのプレゼント"って思って、がんばっちゃいますよっ♪」
 佐々木がガッツポーズで答えた。ここにもやはり"石川悠"のカリスマに魅せられた人間が存在していた。

 さっそく午後から作業にとりかかったが、やはりそう簡単にはサンプル通りの色はでなかった。

 その為、明日で仕事納めになる里矢は本社に帰し、橋本は近くのホテルを取り、満足いく色に仕上がるまで工房に留まることにした。


 次の日も、またその次の日も、テスト用にハンカチほどの大きさに切りそろえたシェラヴィを、試行錯誤を繰り返しながら染め続けた。
染料の種類や配合を替えてみたり、煮詰める時間や蒸し上げる時間もいろいろ変えてみた。

「ちょっと休憩にしよっか… ふう〜 ごめんよぉ〜(ーー;) 俺がこだわるばっかりに苦労させちまって…」
「いえいえ。私にもいい勉強になりますので気にしないで下さい。それに、あのデザイン画とってもステキですよvv 石川さんのイメージにぴったりです♪」
「ありがとねぇ(^^;)」
 いつもこの調子で橋本は、すぐ誰とでも打解けてしまえる得な性格をしている。

「あの…この失敗作の生地を後でわけていただいてもいいですか?」
「ん、いいよ。あっ、わかったぞ! パッチワークにでもして何か作品を作ろうと考えてるだろ?」
「当ったりぃ〜!!」
 真剣な作業の合間にもこうした笑いが途絶えずにいた。




 30日の夜9時頃、尾上がそろそろ退社しようとしていたところに電話が鳴った。
 会社は表向き28日で仕事納めになってはいるが、プロジェクト・チームの面々は本当に休日返上で、毎日会社へ出勤している。
 尾上にしてみても、本来の"営業"としての仕事は今はないが、プロジェクト・チーム内でのパイプ役をこなし、またお針子さん達の雑用や話し相手なども引受けている。後輩の国見は若さと機動力をいかして、資材運搬役をやっている。
 それを見越した橋本が、誰かは必ず会社に居るだろう…と、電話をかけてきたのだ。

『やっと満足いく色ができたぜっ!!』
 名前も言わず、いきなりしゃべりだす彼に、尾上も負けずに返してやる。
「もうっっ!! 早く帰ってらっしゃいよ! 作業が遅れてるんだからっ!!」
『わかってらいっ! 夜走りはやばいからさ、こっちを明日10時ごろ出発して、1時過ぎにはそっちに着くように急いで帰るからさ、すまねぇが貴美江姐さんよぉ、昼飯の用意よろしくなっ!』
 橋本は云うだけ言って、さっさと電話をきってしまった(ーー;)
 尾上に怒鳴られているにもかかわらず、その上機嫌な橋本の声の様子から、本当に満足のいくモノができたにちがいない事がうかがえる。
 だから、電話を終えた尾上の表情にもやわらかな微笑みが浮かんでいた。




 2019年も残りあと8時間余りで終わろうとしていた。

 その今年1年をベールに包んでしまうかの様に、昼前からから雪が降りはじめ、今も続いている。
 この時季の首都圏としては珍し積雪となり、最後の迎春準備でにぎわうはずの街が、時ならぬ空からの贈り物に交通機関などが混乱を極めている。
 そのことは、ここMPカンパニーにも少なからず影響を与えていた。

 1時過ぎには静岡県の手染め工房より帰社する予定の橋本が、この大雪の為の道路通行規制の為、途中で足止めをくらい、今だ都内にすら辿りつけずにいるのだ。2時ごろ一度連絡があったきり、今だ音沙汰がない。

 事務所では資材部の安中、営業の尾上と国見、縫製部の景山が待機し、お針子の若い二人は縫製室で作業をしながら心配そうに待っている。
 ベテランお針子の山口は、今日明日は休みを取っている。

 彼女は夏用セットを手がけていて、すでにドレス・シャツとズボンは仕上がり、今はメインのローブ・ジャケットにとりかかったところなので、ある程度のめぼしがついているのだ。
 それで…「お子さんとダンナ様が待ってるわよ。大晦日とお正月ぐらいお母さんはお家にいなくっちゃダメ。大丈夫、あとは三島さんと本河さんががんばってくれるわ♪」と、尾上が休暇をすすめたのだ。

 給湯室で熱いコーヒーや紅茶を用意した尾上は、事務所の皆にサービスした後、縫製室の二人の元へも顔を出す。
「ハァ〜イ、差し入れよぉ〜♪」
「わぁ〜vv 美味しそう♪」
 さっそく三人で紅茶と共にバニラ・ビーンズがたっぷり入ったボリュームいっぱいのシュークリームをほおばった。生クリームの甘さが疲れた体にちょうど良い。
「二人とも地方出身だったわよね? 帰省しないとご両親が寂しがってるんじゃぁないの?」
「そうですねぇ… でも電話したら、父なんて『仕事はさぼるなっ!』なんて怒鳴って強がってますよ(ーー;)」
「うちなんか帰ったら、どうせお見合い写真見せられるからウンザリです(〜〜;)」
「ふふふ、それ、私もいっしょよ(^^;) まったく懲りないんだから…(笑)」

 そこに景山と国見がやってきた。
「まだ当分、雪も止みそうもないから、君達はもう帰っていいよ。私と安中さんの二人で橋本君を待っているから…。これ以上ひどくなったら君達まで帰宅できなくなるだろ」
「オレがお送りします。オレ新潟出身っすから、まだこのくらいの雪なら車の運転は平気っすよ(^^)」
「じゃぁ、お言葉に甘えてそうしようかしら…」
「でも…今日、帰っちゃったら、明日出てこられるかなぁ〜、わたし…」
「電車やバスが止まっちゃってたら来れないよね…」
「だったら二人ともウチに泊らない?!」
「わぁっ、おじゃましてもいいですかぁ〜♪」
「キャ〜、尾上さんのマンションって憧れなんですぅ〜♪♪」

 話しがまとまると急いで帰り支度をした彼女達は『では、よいお年を…。後は宜しくお願いします』と景山達に言い残し、国見の運転で帰っていった。


 さらに時が過ぎ… 女性達が帰ってから4時間ほどたった頃、屋根に大量の雪を被った見馴れぬ4WD車が玄関先に横付けされた。
「助かりましたっっ!! ありがとうございますっっ!!!」
 運転席に最敬礼をしながらナビ・シートから降りた橋本が、リア・シートに積んであった荷物をエントランスに降ろし終えると、その車は軽くクラクションを鳴らし、再び雪夜の中に去って行った。
そして、3階の窓に明かりが点いているのを見上げて確かめた橋本は、シーツに包まれた"荷物"をまるで愛しい人を抱くように大事にかかえ、エントランスのエレベーター・ホールへ向かっていった。


        ― * ― * ― * ― * ― * ―


 橋本は工房からの帰路の途中、大雪による交通規制で足止めをくらってしまった。

 一刻でも早く帰りたいと焦るものの、社用車のトランクの中にはチェーンは装備されてはおらず、おまけに雪の勢いも一向におさまる気配もなく、成すすべもないまま最寄のドライブインの駐車場で途方にくれていたのだ。

 そんな時、まさに天の助けとばかりに偶然の再会がやってきた。
 橋本がまだデザイン専門学校に通っていた頃の先輩と出会ったのだ。
 アウトドア派のその先輩の車は、しっかり四駆でタイヤも雪道仕様にしていた。その為ゆっくりではあるが走行して来ていたのだ。そして休憩の為に立ち寄ったここで橋本と再会したと言う訳だ。

 橋本の話を聞いたその先輩は『旅は道連れ、世は情け』と笑い、橋本の便乗を勧めてくれた。
 そのおかげで橋本は、こうして無事に今夜の内に本社まで帰りつく事ができたのだった。

(ちなみに…雪が融けた後、あのドライブインの駐車場に乗り捨てた社用車を、誰かが引き取りに行かなければならない事を忘れてはならない!)

         ― * ― * ― * ― * ― * ―






                             つづく











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