新時代到来
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木枯らしが吹きすさぶ外の冷気を、そのまま纏ったような黒い一団が帰ってきた。 「ごくろうさまでした」 オフィスに残っていた者に、清めの塩を振りかけてもらっている彼等は皆、心痛な面持ちでいる。女性達などは、目元を真っ赤にしてハンカチをにぎりしめている。 ― * ― * ― * ― * ― * ― 【MPカンパニー】という名のこの会社は、商社や銀行やデパートなどの企業ユニホームを主に扱っているアパレル・メーカーである。 業界内では中堅どころ、といったところだ。 7年前に当時若干32歳の宮坂が、小さな町工場規模で始めた会社だったが、2年目にある団体の受注に成功して以来、急速に実績を伸ばし現在に至っている。 その転機ともなった受注成功の取引先とは【国会警備隊】である。 2014年、政府は頻発するテロ対策として、老朽化していた国会議事堂を取壊し、最新のセキュリティー設備を備えた要塞ともいえる<新・国会議事堂>を建設した。 それに伴い、ハード面だけではなく警備人員をも強化する為、あらたに【新・国会警備隊】(JDG)を設立したのだ。 その国会警備隊の制服納入業者を決定するにあたり、警備委員会は従来の価格競争だけの入札ではなく、素材・デザイン・機能性をも考慮にいれて審査することにした。 その頃のMPカンパニーの主な取引先は中小企業が数社あるだけだった為、約500人の隊員をかかえ、テロ襲撃などによる激務の為に制服の消耗も激しい国会警備隊は、ぜひとも受注したい相手だった。 だが、入札には業界大手の強敵メーカーも数社名乗りを上げている。 その競争に勝つ為にMPカンパニーは、警官、自衛官、民間警備会社などの「警備経験者」を対象にアンケートを取り、綿密なモニター・リサーチを行い、その資料を元にデザインされたユニホームで勝負を賭けたのだ。 その努力が功をそうし、コスト・パフォーマンスでは大手にわずかに劣ったものの、機能性とデザイン面で圧倒的な支持を得て、みごと受注に成功しのだ。 そうして、入札から5年の歳月がたっていた。 JDGとの取引はきわめて順調にいっている。採用後も営業担当者やデザイナーが頻繁にJDG本部に足を運び、隊員から要望を聞き取り、ユニホームの改良を重ねている。 そんな関係からか、今ではMPの社員達は、世間での知名度はあまり高くはないJDGの、りっぱなフリーク集団となっていた。 TVの国会中継は必ず録画し、ほんの数秒でも画面の端に映し出された隊員達の姿を見つけては、活躍するその勇姿に思わず声援を送ってしまうような社員達ばかりだ(笑) だが、嬉しい事ばかりでもなかった。 JDG設立から5年…たった5年しかたっていないのにもかかわらず、歴代6人の指揮官を含む多数の隊員がテロ攻撃の犠牲となり、殉職していた。 そして、先日また一人… ― * ― * ― * ― * ― * ― 今日は、JDG7代目指揮官・城教官の葬儀・告別式だった。 歴代指揮官の中でも、とりわけ人望の厚かった城教官の殉職に、関係者は一際ショックを受けている。 MPカンパニーからも、社長の宮坂以下、営業本部長の武田、営業担当の尾上女史と国見、担当デザイナーの橋本、縫製主任の景山など、数人が葬儀に参列し今帰って来たところなのだ。 喪服の一行は、事務の女の子から熱いコーヒーを受け取り、ほっと一息ついている。 「今までで一番いい教官だったのになぁ…」 「そうだよな! 歴代のお偉いさんとは違い、城教官はオレ達にも気さくに接してくれてたもんな…」 そんなふうに、故人を偲ぶ話しがしばらく続いた後… 「次の教官は誰になるんだろうな?…」 宮坂の呟きから、話題は次期教官候補の話になった。 「旧警備隊からのベテラン組で残っている幹部クラスって…あと誰がいるんだぁ〜?」 「森繁さんは<爆発物>の専門家だからそれに専念するだろ。んで、野田さんはコンピーター専門だよな。あと室管理の三舟さんか…岸谷さんは調理長になっちまったもんなぁ〜…」 「あとの班長クラスは、新JDGになってからの若手だよな」 「もしかして…自衛隊や警察幹部とか民間警備会社とかの外部からヘッド・ハントされて来たりするかも…」 「えっっっ!! そんなの嫌よっ!」 「そうよっ! 補佐官の石川さんか、外警班長の西脇さんがいいわっ!!」 「おいおい、君等は"顔のいい"ので選んでないかぁ〜」 事務の女の子達が身を乗り出して力説するのを景山がからかうと、その場が少しだけ明るくなった。 ちなみに事務の彼女達は時々、休日を利用して国会議事堂見学ツアーに参加し、DG隊員達の追っかけをしているほどのフリークぶりなのだ。だから、けっこう隊員達の事に詳しかったりする。 そんな彼女達が騒ぐのも無理ないほど<石川と西脇>は若くハンサムな隊員だった。特に石川は、なんぴとをも魅了してしまうようなカリスマ性を持っていた。 「そりゃぁな… 私だって、あの二人のどちらかならいいと思っとるぞ。それだけの実力も隊員達からの人望も充分ある。 でもな…今日のあの様子ではなぁ…」 武田のひと言で、葬儀に参列していたメンバーの表情が再びくもった。 「どうしたんですか? 何かあったんですか…?」 留守居組だった資材部主任の安中が不信そうに聞いた。 「あぁ…やな噂話がな…」 「噂話?!」 「外野席から聞こえてきたんだがな…『石川は自分が出世したいから、じゃまな上司である教官を見捨てて逃げた』なんて、な…」 一昨日の爆弾テロ事件のおり、爆破に巻込まれ城教官は殉職してしまったが、教官補佐である石川は足に重傷を負ったものの助かった。 その事をあげつらい、石川の人柄を知りもせずに彼の早い出世を妬む輩が、やっかみを込めて噂を流していたのだ。 「なによそれェっっ!!!」 「冗談じゃないわよっっっ!!! どこのどいつよ、そんなことほざいてるのはっ!」 「あんなに優しくってステキな人、他にいないわよっ!」 女の子達がいきりまいている。 「まあ…隊員達はそんな噂なんぞ信じちゃぁいないと思うが、警備委員会のお役人さん達がどう思っているかだな…」 「くやしいわっっ! 噂してるヤツラを片っ端からひっぱたいてやりたかったわっ!」 才女の尾上が拳をにぎりしめて言った。 彼女はDG本部へ営業にでかけたおりに、多忙な教官の代理としてちょくちょく石川が相手を勤めてくれているので、彼のその誠実な人柄をよくわかっているのだ。 「オレだって、そうっスよ、腹立ちまくりっス!」 今春から担当になった新人の国見も、顔を真っ赤にして吼えている。 「ご自分も怪我しておられるのに、無理して葬儀に参列していらっしゃる石川さんの姿なんて、痛々しくって見てられなかったですよ」 「ホントにそうよ。西脇さんに支えられてやっと立ってるって感じだったもの。 なのにアイツラったら『それも同情を引く為の演技だ』って、ぬかしてるんですものっっ!!ああもうっ、思い出したらまた涙が出ちゃったじゃないのっ」 城教官殉職の悲しみと共に、石川へのいわれのない屈辱への憤りをどうすることもできず、一同は再び熱い涙を流していた。 つづく… |
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