夢の共演
≪4≫
◎ドイツ時間での 4月18日 緑色…ドイツ語 夕方。 フランクフルト空港に一人の男が降り立った。 その男は艶やかな黒髪をオールバックにし口髭を蓄え、知性的な眼鏡をかけている。 手には、国際便ターミナルから出てきたというのに、中型のボストンバッグ一つだ けで、いかにも出張慣れしたエリート・ビジネスマンらしき雰囲気がある。 そんな男を迎える者は誰もない。だが迷う事なく彼は歩を進め、空港内でレンタカーを借りた。 その車で男は、アウトバーンをライン川沿いに北上して行く。1時間ほど走った途中の街のレストランで夕食をとり、再び北上を続けた。 夜もとっぷりとふけてきた頃、目的の地に近付いたのか、ハンドルを握る男の口元に笑みが浮かんできた。 長旅の疲れもあるだろうに、そんな事をまるで感じさせない。いまにも鼻歌でも歌い出しそうな風情だ。 町の中心街に入る前に脇道に反れ、幾つかの角を曲がると、前方に若葉の芽吹きが瑞々しい樹々に囲まれた、中世の城を思わせる館が見えてきた。 男は、車をその館の庭に滑り込ませ、静に止めた。 玄関前に立った男が来訪を告げると、目の前の重厚な扉が開き、中から頭部の薄さが目立つ初老の紳士が顔を出した。 「はい。どちら様でございますか?」 執事とおぼしき彼は、はじめて見る男に慇懃に問い掛ける。 「日本からまいりました北苑と申しますが、主殿はご在宅ですか?」 「はい。主はおりますが…どのようなご用件でございましょうか?」 「夜分に急で申し訳ないが、一夜の宿をお願いしたいのです」 「少々お待ち下さい。主に伺ってまいります」 いきなりな申し出をする男をますます不信に思いながらも、ひとまずエントランス・ ホールへ招き入れ、執事は奥へ消えていった。 しばらく待っていると、この館の主がラフな部屋着姿のまま靴音を荒く響かせながら現れた。 「やぁ、久しぶり」と、男が片手を上げて、口髭の似合うその端正な顔に微笑をたたえながら、主に挨拶を送くった。 すると… 「なにが『やぁ、久しぶり』だっ! それになんだっ、その格好はっっ!」 再会の抱擁どころか、いきなり怒鳴られてしまった。 だが、男の方も、相手のそんな反応を楽しんでいるのか、ますますご機嫌良ろしく受け答えをする。 「ははは♪ 似合っているだろ?」 「バカタレが(ーー;)」 男のニコニコ顔に主が溜息をつく。 「で、泊めてくれるんだろ?」 「おまえなぁ〜…○×△ あと少し走れば自分家に辿り着くだろうがぁ〜(ーー;)」 あきれたなさけなさげな声が主の口から出てしまう。 それに追打ちをかけるが如く 「日本からの長旅で疲れてしまった。もう運転するのはイヤだ、事故りたくないんだ。だから泊めてくれ♪」 などと、なおもニッコリとふざけた事を男が言ってのけた。 「こっっんの、クソガキがぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!」 主の怒鳴り声が、館中に響き渡った。 * * * * * * * * * * * * * * * ◎日本 4月19日 EPNO東京支局長・尾方のもとに電話が入った。 『外務省事務次官補よりお電話です』 「またか…(ーー;) わかった、つないでくれ」 秘書からの取次に些かうんざりしながらも、尾方局長は電話をかわった。 「お待たせしました。―――はい ―――えっ、まあ…存じておりますが… ―――それはご本人に確認致しません事には即答はできません。 ―――解りました。早速アポイントを取ってみます。 お返事はそれからでよろしいですか? ―――はい。ではのちほど改めて此方からお電話いたします ―――はい。 ―――はぁ?内緒…ですか? ―――解りました。 ―――はい。 ―――では失礼致します。 ふう〜;」 受話器を置いた局長は、大きな溜息をつきながら頭を抱えてしまった。 「外務省のやつら…またやっかいな事を言って来るものだ…(ーー;)」 ついつい独り言で愚痴りながらも内線で隣室に控える秘書につないだ。 「南苑の部下の木島と仲野が来ているはずだ。呼び出してくれ」 『はい。』 しばらくして、木島と仲野が局長室にやって来る。 「ん、…射撃練習をしていたのか?」 「へ・・・どうして解ったんですか?」 にこやかに問う局長に、木島が不思議がった。 「おまえ達から硝煙の匂いがする」 「ほえぇ〜」 若い二人は、腕を自分の鼻先にかかげてくんくんと匂いを嗅いでみるが、当人にとっては鼻がすでに麻痺しているのか全然解らないようだ。 「ははは 熱心で結構結構!」 局長は満足そうに笑った。 「ところで、ご用は何ですか?」 「もしかして、オレ達だけでの任務とかっ!!」 キラキラと瞳を輝かせた二人が問うと、局長は苦笑を交え言い淀みながら切出した。 「任務と言えば任務なんだが… あぁ…なんだ…外務省がな『公爵様と共に“フロイライン※1・ユウコ様”もご招待するから“彼女”を22日当日に空港まで、エスコートをしてお連れし、公爵様御一行をお出迎えしてほしい』…と言って来おった」 「あちゃ〜っ!!!(×△×)」 木島がお手上げとばかりに天上を仰いだ。 「おまけにだ『空港での“再会”を演出したいから、この事は公爵様にはご内聞に…』だと言いおる(ーー;)」 「あららららららら(^^;)」 仲野の引きつり笑いの横で、木島はとうとう座り込んでしまった。 「これからワシは本人にアポを取ってみる。で、“ユウコ嬢”からOKが出たならば、 またおまえ達には“彼女”のカモフラージュ作戦を決行してもらうことになるからな。 名案を考えておくように!」 「「解っかりましたぁ〜!!」」 脱力したような返事をする二人に、局長も再び頭を抱えてしまうのだった(×.×) 局長室をあとにした木島と仲野の二人は局内にある“ジルバー・アードラー(南苑のドイツ語コード・ネーム『銀の鷲』)”のプライベート・ルームに戻り、さっそく作戦を練り始めた。 そこは南苑が留守の間、彼等が仮泊室として使わせてもらっている部屋なのだ。 「深矢さんは喜ぶかもしれませんけど、また望月さんにスケジュール調整なんかで気苦労かけちゃいますね」 「だよな。あいつの胃に穴が開かなきゃいいがなぁ(ーー;)」 「それに…ミスター※2も怒るでしょうねぇ〜」 「それ…考えたくねぇ〜! 元凶言い出しっぺの外務省に怒鳴れない分、後でオレ等にアタリちらすかもな…ミスター」 「きょ、きょ、局長に、な、なんとかなだめてもらいましょう…ね(^^;) はははは」 部下二人が退室した後、尾方は早速“フロイライン・ユウコ”にアポをとるべく電話をかけた。 “フロイライン・ユウコ”とは誰あろう・・・ 今をときめく若手モダンダンサーであり、実力派のミュージカル男優でもある深矢優季のことだった。 もちろん、その事実は当事者以外にはトップシークレットなので、世間はおろか外務省にだって知られてはいない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ なぜ『男』である深矢優季が“E公爵の想い女性(びと)”として扱われているのか… それは数年前、日本に居る南苑は急遽、E公爵として公に出て行かなければならなくなった。そのおり、公式の社交の席に連れるパートナーの人選に悩み、部下二人に選ばせたところ、なんと部下達は、木島の親友であり、日頃から南苑に思いを寄せている深矢優季を、女装させて連れて来てしまったのだ!! それ以来、優季本人の容姿と演技力により、世間は“ユウコ”のことを貴婦人と思い込んでいるのだった。 いまだ少年と見紛う優季が、いざ女装すると、妙齢な淑女に変身してしまう様はみごととしかいいようがない!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ その優季のマネージャーの望月に連絡を入れた局長は、彼等の仕事が終了するのを待って、その日の夜に優季のマンションで3人で会う事になった。 そして交渉の結果、優季の安否を気遣い、いつもながらしぶる望月をなんとか説得し“フロイライン・ユウコ”の了承を得る事ができた。 「それでは22日に木島と仲野の二人を、お迎えに来させますので、ご準備を整えておいて下さい。」 尾方は、外務省との板ばさみにいくぶん疲れを滲ませながらも、安堵の表情で帰って行った。 「望っちゃん、いつも心配ばかりかけてごめんね」 「しかたないな(ーー;) ま、それに今回はお前のわがままじゃぁないし、局長さんの 気苦労を思えばOKするしかないだろ。ん」 「あ・り・が・と(*^^*)」 「くれぐれも気をつけるんだぞ! それと…27日は絶対に夕方までには帰って来るように。 TV生出演があるんだからな。 あの番組はドタキャンなんてまねはできないぞ! いいな!!」 「うん、解った!!」 どこか幼くさえ見える優季の笑顔を見つめ、つい過保護なほどに心配してしまう己に、心の中で苦笑しながらも、望月は平静をよそおっている。 「よし! さぁて、帰るとするか…お前は今日はもう夜更かしせずにすぐ寝るんだぞ」 「はぁい」 優季は返事をしながら玄関まで望月を送っていく。 「明日は昼前に迎に来るからな。じゃぁ!」 「おやすみなさぁ〜いv」 「ああ、おやすみ」 優しい眼差しと暖かい声を残して、望月はドアの向こうに去って行った。 つづく ※1・・・現在、ドイツ語では『フロイライン』とは、少女の意味を持ち『お嬢ちゃん』と訳されるが、 ここでは、あえて『レディー』と同意語の淑女の敬称として使用しています。 ※2・・・部下達は南苑のことを『ミスター』という愛称で呼んでいる。 |
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