夢の共演

3≫

 公爵家から承諾の返事を貰った外務省は、さっそく東京と京都の各ホテルに連絡し、部屋の予約変更を済ませた。(ケルン市長夫妻宿泊予定のDXツインの部屋をキャンセルし、警備の利便性も兼ねて最上階の1フロアーをすべて押えた。最奥のロイヤル・スイートルームを公爵の部屋として、その隣室を執事と近衛官の部屋とした)

 それをかわきりに、ご滞在中のスケジュール調整などの招待準備を本格始動させていく。
(“市長名代”となっている為、市長のスケジュールをベースに、公爵様用にあらたに練り直される)
 とりわけ警備面に関しては、前回の公爵来日時においての不手際を払拭させるべく、特に神経をそそがなくてはならないとの意気込みであたっていた。



         ◎4月17日

 警察庁ビルの上層階にある<刑事局長室>にめずらしい来客があった。

「お久しぶりです。お忙しい中このような所までご足労願い申し訳ございません」
「いえ。こちらこそ、この度はまたなにかと皆様にご苦労をおかけすることかと…」
 再会の握手を交わしているのは、この部屋の主である浅見刑事局長と来客者EPNO東京支局長・尾方である。

 二人は数年前の“公爵毒殺未遂事件”のおりに、犯人の取調べ等の事後処理で相互に情報提供など協力しあった間柄なのだ。
 そして此の度も浅見は、警備面に関する全権を外務省より一任されている。その為の対策を相談するべく、尾方を招いたのだ。

「今回は日本政府からの公式要請による御訪日ということで、警備体制もいささか大袈裟にせざるおえず、公爵閣下には少々煩わしくお目障りかと思われますが、その点はお許し頂けますようお伝え下さい」
「それはいた仕方無い事ですので、公爵も心得ておられます。それよりも、その事で市民生活に支障がでる事…特に御自身を狙ったテロに一般市民が巻添えになる事を一番ご懸念なさっておいでなのです」
 尾方の表情がいくぶん険しさを滲ませた。
「その事もあり、前回の教訓を元にこの度は、側近1名と共に専属SPである近衛官1名も同行される旨、連絡がありました」
「それは心強い事です!ご配慮おそれいります。もとより我々も、公爵の御身のみならず市民の安全にも細心の注意を払い警備にあたる構えです」
 ノンフレーム眼鏡のレンズの奥に見える切れ長の浅見の眼が、熱意を秘めて煌いた。



         ◎4月18日

 ケルンの本宮殿にいる近衛官コンラートとの打ち合わせが、ほぼ完了した南苑は、一人で一般ビジネスマンを装い成田発午後の便のルフトハンザでドイツへ向けて旅立った。



 その頃、神田にある某オフィスビルのパーキングに一台のセダンがすべるように入って来た。
 駐車スペースに寸分の狂い無くまっすぐに納めた車から降り立った男―南波は、目の前にあるビルの窓の一つを見上げた。
 その精悍な面に宿る鋭さのある眼差しをふわりとゆるめ、口元にもかすかな笑みを浮かべながら、知らず知らずにエレベーターへ向かう足取りが速くなってゆく。
 主人である宗像の秘書としての用向きで来てはいるものの、もはや南波にはココを訪れる時に“仕事”という感覚が無くなっている。
 浮き立つ心をこれ以上顔に漏らさないよう苦労してしまう。

 ノックとともに、洒落たデザインのロゴで【アクト・ナイン】と社名が書かれたドアを開けてオフィースに入って行くと、
「いらっしゃい、南波さん!」
「待ってたぜ」
「早かったですね!!」
 等々、顔見知りの面々が、久しぶりの彼の訪問を笑顔で迎えてくれた。
 そんな皆のにぎやかな声に気が付いたのか、奥の部屋からヘッドである虹人とライターの緒方が出てくると、南波の笑みにいっそうの暖かさが増した。
「こっちから出向いて行けばよかったんですが…わざわざすみません」
「気になさらなくていいですよ。これが私の仕事ですから」
 今更そんなに気を使うような間柄ではないのに、はにかんで恐縮する虹人がほほえましく思える南波だった。

 国内有数のコングロマリットの総帥であり、財界のみならず政界にも影響をおよぼすほどの大物である宗像が、まるで息子か孫のように目をかけているのが、この“九鬼虹人”なのだ。
 【アクト・ナイン】とは、その虹人が率いる“TV番組制作会社”である。
 そして、ディレクターとしての虹人は、じっくりと時間をかけ質の高い作品を作ることで、業界内において高い評価を得ている。

 雑多なオフィスの片隅にあるソファーに促され、虹人と向い合う様に落ち着くと、さっそく南波は本題をきりだした。
「簡単な事は先ほどのオヤジ(宗像)からの電話でお聞きになっていると思いますが、外務省のある筋から虹人さんにオファーが入りました」
 南波がアタッシュケースの中から取り出したファイルを虹人に手渡す。
「4日後から来日されるドイツのE公爵を、ご滞在中密着取材し、ドキュメンタリー番組として制作してほしいとの事です。まだ若干未定の部分がありますがこれがスケジュール表です」
「本クライアントは公爵側なのですか?」
 受け取りながら虹人が問いかける。
「いえ。日本外務省側からの依頼です。ですが、すでに先方(公爵家)にはオヤジが許可を取り付けてありますのでご安心を…」 

 宗像はE公爵家前当主夫妻とは旧知の仲であり、その伝でケルンに直接交渉をする事ができたのだった。

 寸瞬、思いをめぐらせた虹人は、肩越しに振り返った。
「お〜い、皆も聞いてくれ!」
 その声に呼ばれた面々が、それぞれ各自の仕事の手を止め応接ブースに集まると、虹人はテーブルの上にスケジュール表を広げて見せた。
 経理の女の娘―有明蓉は、南波の前にコーヒーを置いた後、そのままファイルを覗き込んでいる。
「きゃぁ〜! やっぱり“公爵様”ってこの人だわ〜♪」
 表紙に添付された写真を見やった彼女は、お盆を抱えたまま黄色い声を上げた。
「なんだ、蓉ちゃん、知ってんのか?」
びっくりしたように虹人が聞いた。
「えぇっ! だって、数年前に来日された時にスッゴイ話題になったじゃぁないですか!」

 前回の来日時には、お忍びからの突然の出現と、本人のハンサムな容姿、そして欧州きっての名門大貴族という華やかなブランドに加え、なにより、超美人な日本女性をパートナーとして連れているという話題性で、女性誌やTVワイドショーを中心にけっこうメディアが騒いでいたのだった。

「へぇ、そうなんだ〜」
 そういう事にはまったく興味のない虹人は、手元にある公爵の写真をあらためてしげしげと眺めて見る。
 その横で、自分のキャスター付きの椅子に逆に跨りながら移動して来ていたカメラマンの東が口をひらいた。
「どこぞの王族ってぇならまだしも、なんで一貴族ごときに外務省がこんな事までするんだ?それに確かドイツはとっくの昔に貴族制度は無くなっちまってるんだよな?」
「あれっ、東さん、けっこう物知りなんですね」
 すかさず、アシスタントの純が茶化してくる。
「おめぇが知らなすぎなだけだ!」
 いつもの調子の純と東のじゃれあいに、漏れてしまう笑いをこらえながら、南波がその疑問に答えてみせた。
「東さんのおっしゃる通りですが、このエンツェンスベルガー家は別格なのです。
オヤジが言うには『E公爵家の出方次第では、欧州の過去700年余りの歴史が塗り替えられる』との事です。そういう意味では、一国の王族よりもはるかに影響力がありますね」
「ほえ〜… それで外務省がゴマをするってワケか!」
 お役所への皮肉を込めた東の言い様に皆から苦笑がもれた。
「それにしても… こんな急な話で、何も知識がないまま取材に臨むのは苦しいですねぇ」
 ライターの緒方の言葉に、虹人が頷いてつづけた。
「そうだな。インタビューをするにしても、こっちのバカを曝すわけにはいかないし…
 あっと…ドイツ語の通訳は外務省が附けてくれるのでしょうか?」
 南波に聞いてみる。
「E家に関するある程度の資料は明日中にでも私が揃えてお持ちします。それに通訳の必要はありませんよ。公爵ご本人は日本語が堪能でいらっしゃるそうです。随員とは英語でOKですので、私でもなんとかなります」
「『私でも』って、取材中、南波さんが俺達に付いててくださるのですか?」
「はい」
 と…にっこり頷いた後、南波の表情からその笑みが消えた。
「実は、公爵の身辺には常に“暗殺テロ”の危険があるのです」

「あぁっっ! そう言えばこの前も迎賓館で公爵様を狙った毒殺未遂事件がおこったのでしたよね!」
 蓉が急に思い出したように言った。
「ええ。過去、地元欧州では市民が巻き添えになった事件もあったそうです」
 南波の答えに、全員に緊張が走った。
「そういう訳で、オヤジから用心の為に取材中の虹人さん達の護衛も兼ねるよう、命令を受けています」

 南波は、宗像の秘書でもあるが、さらに、宗像が個人で所有している『小規模軍隊』の“隊長”としての顔も持っている。 その立場で虹人達のボディーガードに付くのだ。

「こぉりゃ〜 お貴族様の優雅な取材っつうワケにはいきそうもないってぇかぁ〜」
 妙なテンションの東の言葉に、皆は顔を引きつらせながらも笑ってしまった。




 約束通り南波は、翌19日の夕方にはE公爵に関する資料を1枚のディスクにまとめ、再び虹人のもとを訪れた。




                               つづく 




ヒント・キーワードの中から<賢兄愚弟>の賢兄さんと
<アクトナイン>の面々が登場しました! 
「元ネタ原作が知りたい」と思われる方は
どうぞメールくださいませ(^^;)
こっそり、お教えいたしますvv えへへ


5話あたりまでJDGは出てこないのですが
どうか見捨てないでくださいませぇ〜;;














SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送