新時代到来

<4>

 23日の朝、尾上が出勤してみると、自分のデスクの上にクリアファイルのバインダーと共にケースに収められた1枚のディスクが置かれていた。
 バインダーの表紙には【I・愛プロジェクト】のタイトルと"K.HASHIMOTO"とサインが入っていた。
「ふふん。ちゃんと締切守って仕上がったようね♪ でも…なぁに、このタイトル(笑)
あいつのセンス疑っちゃうわ」
 ころころと笑いながらデザイン・ルームへ向かった。


 ドアから覗き込んで見ると、窓のブラインドも下ろされ照明も付けていない真っ暗な部屋の中で、壁沿いに置かれた長ソファーの上で毛布に包まった橋本が、精魂尽きたように眠っていた。
「あらあら、まるで蓑虫状態ね(笑)」
 そう言いながらも、床に落ちていた掛け布団を拾い上げそっと掛けてやり、静かにドアを閉めてデザイン・ルームを後にした。

 デスクに戻ると国見も出社して来ていたので早速、資材部と縫製部に連絡を取り、会議室へ集合をかけた。


 スタッフが集まったところで尾上が、橋本の欠席を告げた。
「アイツは今、撃沈してるから、もうしばらく寝かしておくことにします(^^;)」
「腹がすきゃぁ、そのうち起きて来るだろ(笑い)」
 景山がからかってみせた。

 皆の笑いがおさまった頃、一同の熱い期待と視線が集中する中、クリアファイルに納められた手書きのデザイン原画を初めて公開した。
その瞬間、全員の驚愕の表情と共に「おおおっっ!!」という感嘆のどよめきがわきおこった。

 そこには色彩も鮮やかな、橋本渾身の作品群がひろがっていた。
 それらは皆、石川の<優しさ><優美さ><気高さ>そして<若さ>と<凛々しさ>を損なうことなくイメージされたものだった。

「橋本っちゃん、やるじゃない!」
「スゴイっすっ!!」
「これほどまでとは…な」
「大見得切っただけのことはあるわね♪」
 皆が一通り全ての原画を廻し見終えた頃…
「ちょっと待ってくれ! これ…スーツが4着あるぞ!!」

 資材部の安中が指摘した。なるほど…確かに同じデザインで色違いの物が4種類あるではないか!
「どういう事だぁ? 冬・合・夏の3着じゃぁないのか?!」

 あらためてよ〜く見れば、それぞれに<若草色-春><純白-夏><茜色-秋><淡藤色-冬>と色別に用途が書かれてあった。
橋本はこだわりのあまり、4シーズンすべてを作ってしまったようだ。

 そのかわり、コートは新デザインで新調するのではなく、通常制服用のコートを使用してもらうように配慮しているようだ。

「やってくれたわね! ただでさえ日数がたりないっていうのに、ナニ考えてンのかしら…縫製部に負担がかかるのわかってるのかしら、アイツっっ!!!」
「まあ、でも、やるしかないでしょう…死ぬ気でがんばるわっ!!」
 立腹する尾上だが、実際に作業をするお針子の山口になだめられてはしかたがない。

 気を取り直して、今度はパソコンに向いディスク・ファイルを開いてみた。
 モニターにまず写し出されたのは、原画を元に創られた3D映像だった。
 実はこのソフトは、橋本が友人のプログラマーに特別に作らせた、彼ご自慢のオリジナル・ソフトなのだ。

<どんなモノかというと…モデル(クライアント)本人の詳しいサイズ・データと共に、デザイン画を入力すると、ほぼ正確な本人の体形をしたCGダミーが、その服を着用した姿となって画面上に立体映像で再現されるのだ。さらにそれを縮小拡大はもちろんのこと、360度あらゆるアングルから見ることも出来る。これは全体のデザインを検証する上で非情にありがたいしろものだった。例えば競輪やスピードスケートの選手のように上半身は普通なのに太腿だけが異常に太い…とか、水泳選手のように極端に逆三角形体形をしている…などと言うモデルなど、その本人に最適なデザイン・バランスを考える時に最大の威力を発揮するのだ。実際今回もクライアントである石川は一見、痩身には見えるが、実は職業柄、武術に長けている為、きっちりと筋肉のついた鍛えられた身体をしているのだ。だから運動不足の標準的一般人仕様とは異なる(理想的)バランスなのだった>

 それにしても…先ほどの事と言い、今回の橋本のこだわりぶりがこの画面からもうかがえて、皆はデザインの素晴らしいさに感心しながらも苦笑してしまった。
 なぜなら、これまでどんな相手であっても、再現されたダミーの顔は、のっぺらぼーのまま(まさに人形)だったのに、今モニターに映し出されたCGの顔は、石川本人の顔をしている。つまり、彼の顔写真がダミーに合成されていたからだ。(そこまでヤルかよ…おまえ(ーー;)

 別の画面を開くと、今度は前後だけの平面画になった。その画像の各部位をクリックすると、使用する部材などの細かい指示が現われる。
 最後の画面は、サイズ・データなどの数値表になっている。この数値データはそのまま縫製部と資材部のそれぞれの専用ソフトと共有することができ、このデータを元に型紙が作成され、資材の分量計算がなされるのだ。

「いつもながら完璧だな」
「早速、私達は型紙おこしに入ります」
「小物類の外部への発注依頼もお願いします」
「わかりました、やっときます」
 縫製部の景山と山口が席を立って行く。
「では我々も修羅場へと赴きますか! 年内のうちになんとしてもメインの資材は揃えてしまわないと、な!」
「そうですね。やりましょう!!」
 あらためて気合を入れなおす面々だった。
 その後、景山の言葉通り、昼過ぎにお腹をすかせて起きてきた橋本は、尾上からさんざんな小言を言われるはめとなった。




 翌24日クリスマス・イブの日、資材センターに橋本の姿があった。
 安中が打合せの為に呼び出したのだ。
「ちょっと提案があるのですがね…このローブ・ジャケットの表地と裏地の間に、エルピーナ8を挟み入れたらどうかと思うのですが」
「"エルピーナ8"っつうと、確か…NASAが宇宙服に採用したT社の新製品でしたっけ?!」
「ええ。実は、うちで来秋納品予定の横浜消防局の防火服用の生地にどうかと思って、サンプルを取寄せてあるんです」
「薄くて超軽量なのに断熱性に優れているってぇのがウリでしたよねぇ…」
「そうです。ガスバーナーの炎やレーザー光熱には軽く耐えましたよ。その上、それだけじゃぁない事が判明したんですよ」
「ほん?」
「うちのラボでちょっとサンプル・テストしてみたら、けっこう衝撃にも強い事がわかりました。防弾までは無理ですが、ナイフで切りつけたぐらいでは裂けませんでしたよ。そのぶん裁断には一手間かかりますけれど… あと問題点は、通気性があまりよくないので夏用には不向きかもしれません…」
「ほえぇ〜」
「石川さんの身の安全の為に、春・秋・冬用に使って見てはどうですか?」
 そう言われた橋本が反対できるはずがない。
「イイですねぇ〜それっ! んでも、今から発注して間に合いますか? それにけっこうコスト高いんじゃぁないですか?」
「いえいえ。取寄せサンプルがまだ原反で2本手付かずで残ってるんでね。3着分ならそれで十分足りますよ!」
「それって…タダっつうことですね♪」
 Vサインしながら野郎二人が不気味に笑いあっていた。

 そうして午後には、資材センターから件のエルピーナ8が、裏地用の生地と共に縫製部のもとへ届けられた。それらといっしょに、3人のお針子さん達へは、橋本からのクリスマス・ケーキも差し入れられた。




 それから2日後の26日。
 休憩時間にオフィスで事務の女の子とお茶していた橋本の元に、また安中から連絡が入った。
 今度はなにやら問題が発生したようだ。

「どうしましたっ?」
『冬用の表地に使う生地が、どこの問屋にも小売店にもないんですっ!!!』
「えっっっ! どういうことですっ?!」
 思わず、椅子から立ち上がってしまった。

 昨日から、他の<春><夏><秋>用に使用する生地は順に納入され始め、橋本も縫製部へ赴き細かい打ちあわせをしていのだが…、肝心の一番急を要する<冬>用の生地だけが、まだだったのだ。

『ライト・パープルのあのナンバー・カラーは受注生産の特注色になるので、どこも在庫は置いてないんです』
「特注色っっ?! 俺は確かベーシック・ナンバーの中から、選んだはずですよっ!!」
『たぶんナンバーを見違えたんでしょう。あれより少し濃い目の同系色のライト・ヴァイオレットならベーシック・カラーに含まれていますよ』
 そう言われて、橋本はいそいでパソコンにデータを立ち上げた。
「あちゃーっっ!! やっちまった!! 俺の見間違いだっ!!!」
『ライト・ヴァイオレットなら今すぐあります。どうします、変更しますか?」
「いや、あれじゃぁ石川さんのイメージじにぁ合わねぇっ! そうだ、メーカーにはないでしょうか?!」
『わかりました。K紡績に問い合わせてみます!』
「お願いします!!」

 数分後、再び連絡が入った。

『やはりメーカーにも在庫はありませんでした。今から注文しても、明日には工場ラインが止まるそうですから、早くても年が明けて来月中旬以降の生産になるそうです。 それに…少量注文は受付けられないそうです…。メーカー側の生産のメインはすでに、夏ものに入ってますからね…それに割り込ませてまで作るとなると、大量注文でないとダメだというのです』
「くそっ!なんてこったっっ! それじゃぁ間に合わねぇっっ!!」
『どうでしょう"色"にこだわるのでしたら、いっそのこと生地(材質)を変更してみてはどうです?』
「あの"シェラヴィ"の代用品なんてありませんよ!」
 K紡績が開発した"シェラヴィ"という繊維で織り上げた生地は、上質のヴェルベットを彷彿させるその風合と、発色の良さと多さで定評がある。
「す…少し時間を下さい。なにか手立てを考えてみます」
『わかりました。決定しだい連絡下さい』

大きな溜息と共に電話を切った橋本は、ドサリと椅子に座り直した。

「まいった・・・」

 思考がまとまらなくなり、疲労がどっと押し寄せてきた。
 デザイナーとしての妥協を許さない"こだわり"が己の首をしめていた。
「どうするべェ〜…」
 シリアスに悩んでいるにもかかわらず、唇からこぼれる愚痴がどこかおどけている。

 その時、事務の女の子の中でも一番おとなしい里矢がおずおずと近付いて来た。
「ぁ…あの…」
「ん?」
「私なんかが、さしでがましいんですが…ちょっと提案があるんです…」

 大声あげながらの電話のやり取りだったので、廻りの者達にもある程度の内容は把握できたのだろう。担当者ではないにしろ、このプロジェクトは全社員の関心が高いので、皆それぞれに心配してくれているのだ。

「ん? なぁ〜に、云ってみて」
「ナニよ橋本さんったら、ミドリには優しいじゃぁないのっ!」
 他の女の子達がチャチをいれる。
「あれぇ〜心外だなぁ〜(TT) おたくサンたちにも、いつも優しいっしょ!」
「えええっっっ?!」っと笑いの含んだブーイングがおこった。
「はははは♪ あっ、ごめん(^^;) 話がそれちゃったね。で、なに?」
 里矢に向き直って促してやる。
「あの… カラーの完品を探すのではなくて、白地を染めてみてはいかがですか?」
「ん?!『染める』って…手染めをするってこと?」
「はい」
「っつうても、ウチの取引先に"染め"やってるとこあったっけかなぁ〜?」
「あの、実は…私の友人で、自宅に手染め工房を造って、小さなショップを開いている女性がいるんです。ハンカチぐらいの小物からベッドカバーぐらいの大きさまでOKなんですよ」
「ほぉ〜。でも…どんな生地でも大丈夫なの? シェラヴィってよ、開発メーカーの専門家でなくても、誰でも染められるのかなぁ?」
「以前、彼女のショップに、シェラヴィを染めて作った手袋とポーチを置いているのを見た憶えがありますよ」

 その言葉に、先ほどまで息消沈していた橋本が、がぜんヤル気を起こした。

「そっか!! こうなりゃソレに賭けてみるか! その人とすぐ連絡取れる?」
「はい!大丈夫です!! それに彼女なら年末だろうとやってくれますよ」
「ほへ?」
「ふふふ 実は彼女もJDGファンなんです。知り合ったのは議事堂見学ツアーだったんですよ♪」

 日頃、物静かな里矢がめずらしくはしゃぎながら早速、先方に電話をかけて事情を説明すると、即決で引受けてくれた。

 橋本はすぐ安中に連絡を取り、対策案ができた事を告げ、シェラヴィの白地を多めに仕入れてもらうよう手配した。






                             つづく












SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送